神威岳(中日高)その1

神威岳 (カムイシリ・カムイヌプリ) 標高1601m。
20才の時は、大嵐で退散した。
23才の時は、ヒグマさんに追い返されてしまった。
39才6カ月、3度目の神威岳挑戦である。

9月23日は「秋分の日」なる特異日で、晴れが期待できる。
前日22日の内に登山口にある神威小屋まで行きたかったのだが、三石で温泉に浸かって夜7時ともなれば真っ暗。
あの20キロ以上ある林道を走る気がしないので、三石で車中泊を決め込む。
神威岳への林道は長い間、通行止めになっていたが浦河町のHPで林道が走行可能との情報をつかんでいた。
23日、朝5時に起き、セイコーマートでおにぎりを買って出発しようと思ったら、井寒台のセイコマはまだ開店前で、浦河町市内まで走った。
結局、予定を30分以上遅らせてしまった。
さて、林道に入るとしばらくして新潟ナンバーの車とすれ違った。
神威岳に登山して昨夜は小屋に泊まっていたのだろうか。
おや・・・・
ゲートが閉まっている。
営林署で鍵を借り受けなければいけなかったのか・・・。
ゲート前に設置してある入林者届け出ボックスの名簿を見ると、この大型連休でも神威岳に入山しているのは数人しかいない。
今日はゼロ。先ほど帰って行った新潟ナンバーの方で最後ということだった。
コレはエライことになった。
釧路からここまで250kmも走ってきて、またしても退散となるのか。
いや、今回は何としても登らなければいけないのだ。
でもこのゲートから登山口まで、歩きで4時間かかってしまう。
誰か〜!と助けを願うと、1台のワゴンがやってきたではないか。
林業で作業に入る人たちであった。
鍵を開けたところに、お願いに行ったが「俺たち昼にはもう帰っちまうからな。また鍵閉めるからあんた帰れなくなるぞ。」と断られた。
鍵を貸してくれるように買収しようかと思ったその瞬間に、もう1台やってきた。
札幌ナンバーの車に若い女性が2人乗っている。
聞くと神威岳登山にやってきたという。
神様仏様女神様〜!
着いて行ってイイですか?と聞いて、あっさりとお許しをいただいた。
その車のナンバーには僕のラッキーナンバーががっちり入っていた。
22日、天馬街道でgoro358と同じナンバーの車を追い越し、なんと日高の神の遣いである黒毛の鹿が現れていたのだ。


『東蝦夷日誌』(松浦武四郎著)によると、
「山頂に大きな神殿のような岩があり、中に洞穴があるが、近年に行ったものがない。谷ひとつ隔てて拝して帰る。三町ばかり近く行ったものがあったが体が戦慄し、目がくらみ、恐れて皆帰った。黒毛の鹿がいて、それが神の使わしめだ。」
と、神威岳の威容を記している。
咄嗟に、目の前に現れた黒毛の鹿がそうなのではないか、と思ってトリップメーターを見ると

ちょうど314400km、トリップは160km。足すと314560!時速の数字は68!
完璧だ。
整った数字で、何らかのサインがやってくるものだ。
ありがたやありがたや。


実際、ゲートの前で「コレは困った、どうしよう」と思い悩んだ時間は1分程度のもんで解決してしまった。
このタイミングは神計らいか。
日高山脈の盟主に挙げられるのは、幌尻岳とカムエクと神威岳、そしてペテガリ岳だ。
15年前にペテガリに登り、その翌年あたりに林道が崩壊して通行止めになった。
それ以降ペテガリに行くには、まず神威岳の登山口に入り、それから4時間かけてバイパス林道を歩き、ペテガリ山荘に着いて1泊しなければいけないのだ。
遥かなる山になってしまった。
7時、神威小屋に着くと、ペテガリへ向かったであろう車が3台あった。
女性2人組にあらためてお礼を言って、登山準備にかかる。
7時10分、彼女たちが出発。
7時15分、遅れて出発した。
最初の渡渉から右岸の巻道を行き、440m二股から2人の先を行かせてもらった。
頂上で山神様に挨拶(祝詞奏上など)するために、30分くらい先に登頂しておけば他人に気味悪い思いをさせずに済むと思い、急いだ。
が、2人はスタスタと着いてくる。
装備を見ても登山上級者だ。
沢を離れ尾根に取り付く地点でスパッツを外し休んでいると、2人はすぐに追いついた。
美しい沢の流れ。たまりは青空を映しだして、息を飲む光景だった。
その光景の中にある2人は女神様だと気付いた。
尾根に入ると直登になる。
19年前はここで上からノッシノシと足音を響かせて神様が下りてきた。
入林者名簿では先行者も登山者も他にはいないことになっていたのだが、縦走登山で下山してきた人かと思い、お〜いと声をかけるが返答がなくノッシノシとこちらに向かってくる。
鈴をかき鳴らそうが手を叩こうが、ノッシノシのスピードは変わらない。
コレは熊だ!脱兎のように下りて逃げてきたのだ。
今回は僕を追い返す何者もない。
登山道は一部笹刈りがされていただけで、登山者が少ないことを物語るかのように荒れていた。
まぁ、それが日高らしさなのだが。
尾根の上部にさしかかると、ルベツネ岳の方をヘリが飛んでいるのが見えた。
遭難者救助のヘリのようだ。お気の毒に・・・。

ガイドでは登りに4時間50分かかると書いてあるところを3時間半で頂上に着いた。
急いで酒を注いだり、祝詞を挙げる用意を始めるが、5分ちょっとで2人は頂上に着いてしまった。
「怪しい儀式なんかして気味悪がらせてしまいすいません」と先に謝っておく。

一通り済んでから、2人と話をした。
よく似た2人で、姉妹のようだが、どちらがお姉さんか分からない。
失礼があってはいけないので言いだせずにいると、向こうから双子だと教えてくれた。
さらに上に姉がいて3姉妹なのだそうだ。
女神3姉妹・・・。
山好きなご両親は60才を超えても年に100日は登山に出掛けているという。
家族全員登山好きというからうらやましい。
聞くと2人は姉と3人で6月にコイカクシュサツナイ岳から1839峰まで縦走していると!
何と!恐れ多くもスペシャリストなのであった。
この日、日高はすべて晴れわたり、北は札内岳、南はアポイ岳まで見ることができた。
空には天使の羽根のような雲がずっと浮かんでいた。