三好万季さんのレポート

goro3582005-03-06

昨日に引き続き、ヒ素カレー事件当時のエピソード。
・右の写真は香菜(シャンツァイ=中国パセリ=シラントロ・)
15才の三好万季さんが書いた追跡レポート。
〜これは「文藝春秋」に掲載された〜
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<前文略>
香菜で砒素が排出される
私が事件を知った7月26日に戻ろう。この日私は「救急医療」と「急性中毒情報ファイル」の他に、かねてから欲しかったもう一冊の本、「オームラ博士の挑戦-未来医療O-リングテスト」(児玉浩憲法医道の日本社)も購入した。
ニューヨーク心臓病研究所所長の大村昭恵博士は、私が最も尊敬する医師の一人である。この本を四分の三ほど読み終えたところで、私は著述の中に大変なことを発見してしまう。
大村博士は年に1〜2度日本を訪れる。1995年春来日の折り、九州の某大病院に導入された心臓スペクト装置を研究者として体験受検していた。
「二日後から胸が締め付けられるような苦しさに見舞われ、呼吸困難に陥ってしまった。食欲も途絶えて、もう何もする気力もない。」(「未来医療」250ページ)
「水銀がたまっているのではないか。この水銀は、(心臓スペクトのとき)注入された放射性タリウム201から原子核崩壊で生じたものに違いない」(同252ページ)
ある日博士は、友人とベトナム料理を食べる。いつもと特に違う食材は、スープの中の匂いの強い野菜、香菜(シャンツァイ=中国パセリ=シラントロ)だけだった。
「水銀が体外に排出されるなら、尿に現れる筈だ。果たして、シラントロを食べて二時間ぐらい経ってから尿中の水銀量がどんどん増えてきて、約八時間後に始めのレベルに戻った。シラントロが体内の水銀の排出を促進することは間違いない。ほぼ八時間で作用が消えるから、一日に四回食べれば効果を持続させることができるだろう。そのようにしてみたら、一週間ほどで体内の水銀反応はすっかり消えてしまった」(同255ページ)
博士は多くの医師たちの協力を得て、「鉛やアルミニウムなど他の金属も排出されることが分かった」(同255ページ)
ここまで読んだ私の頭の中で、一つのアイデアが閃いた。すぐに父に聞いてみた。
「香菜で水銀や鉛やアルミが排出されるんだって。砒素も排出されるといいね」
父は早大の研究生の頃、毛髪分析や重金属の代謝の研究をしていたことがある。
「アルミはともかく、水銀と鉛と砒素は毒性機序がほとんど同じなんだ。どれも酵素のSH基の部分に結合して酵素の働きを台無しにしてしまう。これが水銀中毒であり、鉛中毒であり、砒素中毒なんだ。香菜が水銀や鉛をSH基の部分から離脱させるということは、まず間違いなく砒素も離脱させる働きがある筈だ。」
私は跳び上がらんばかりに喜んだ。「レポート11」を書く中で、大人達の過ちをあげつらい、批判しているだけではないかという、内心後ろめたいものが無かったと言えば嘘になる。もっと建設的なこと、つまり直接に被害者達の役に立つことをしたいという思いを私はずっと抱き続けていた。
少し先を読むと、こんな件りがあった。
「その後、岡山に本社のある林原生物化学研究所の林原健社長と松田忍博士に頼んで、シラントロの成分を粉末化してもらった」(同255ページ)
私は林原生物化学研究所の住所を突き止め、早速林原健社長に手紙を書いた。
一、香菜が砒素を解毒するかどうかを調べてほしいこと。
二、もしも解毒効果が認められた場合、和歌山の63名の砒素中毒者のために香菜を義捐提供していただきたいこと。
林原社長からは直ちに返信があった。
「早速『中国パセリ』が砒素を排出する作用があるかどうかの実験を始めました。二週間ほどかかります。その時点で効果があれば患者さんへの供給は引き受けました」
私は九月に和歌山を訪れたとき、園部周辺のスーパーを回り、香菜が売っていないか確かめた。あれば被害者に教えてあげようと思ったからだ。残念ながら、現地で香菜を入手することはできなかった。
十月に入り再度林原社長から手紙を受け取った。実験の結果、砒素の排出が確認されたので、香菜を粉末化した製剤を現地の有功小学校宛に発送するとの知らせであった。
配布については、有功小学校の二沢校長と、「被害者の会」設立のために、寝食を忘れ、濃やかな神経を酷使しながら活動されてきた濱井満夫ご夫妻にお願いした。
今手元にある十一月二十九日付の日本経済新聞に、「『60人正常に戻る』毒物カレー 医師が会見」とある。
「六十三人の体内に残っている砒素濃度を調べている聖マリアンナ医科大(川崎市)の山内博助教授が二十八日会見し、『六十人が正常に戻ったと判断でき、今後の発ガンの危険も限りなく少ない』との見方を明らかにした」
「米国基準での砒素濃度の安全値は尿1リットル当たり五〇マイクログラムだが、『事件から三ヶ月が経過した段階で、六〇マイクログラム未満なら食事などで上下する範囲』と判断、六十人を正常とした」
林原生物化学研究所の好意が、少しでも結果に寄与しているとするなら、私としてはこんなに嬉しいことはない。また林原健社長のご英断に改めて深謝したい。
<後文略>